金木犀の匂いが私の夏を殺しました。
下書きを見てみると、去年の秋にこのような文章を残しておった。もったいないので、途中書きだが、そのままあげる。
いやはや、けったい亜熱帯、シミッタレ。
そんな文章。
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蛍光灯の明かりの下で黙々と発送作業をしていてる。今日は気持ち、蒸し暑い。窓を開けているからか、小さな虫みたいなのが畳の上をはっている。なるべく殺さないように息を吹きかけてはらったりする。時々知らないうちに死んでるのがいたりする。ここで死ななくてもいいのにと思いつつ、なんとはなしに自分の腕を見る。薄焦げ茶色の肌を見る。
「今年もこんなに焼けた。今年の夏もこの日焼けの分だけ生きた」しみじみと思う。
学生のときは、季節で一番夏が好きだった。
海やら山やらの行動的な理由ではなく、どこか生きている感じがするからという曖昧な理由。
夏というだけで、何かが起こりそうな気がして、何も起こらない。そんな生きている季節が好きだった。
古本屋を始めてからは、店にエアコンがなかったこともあって夏はとにかく生き延びることに精一杯で、楽しむ余裕はなくなった。夏はただやり過ごす。夏はただ、生き延びる。
今年も八月は「無休営業」と阿保な冠をカレンダーにつけて店を開け続けた。その間も本の仕入れがあったり、本の処分をしたり、ただただおろおろしたり、日を浴びて夜を生きて。
夏は懐かしいお客さんの「帰り」を待つ季節。あるいは、これから懐かしくなるお客さんに初めて出会う季節。お久しぶりですと言い、はじめましてを言う。お盆にしか会えない常連さんがいて、青春18きっぷを使ってやってくる。
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この続きに何を書こうとしたのだろう。
去年と大した違いはないのかもしれない。